京都在住のサラリーマン・ブロガーKyotaroです。
京都東山は八坂神社、高台寺、清水寺など観光名所が集中してる人気のエリア。
そんな人気エリアの中心、東山三十六峰のひとつ華頂山の麓にあるのが「知恩院」で正式名称は「華頂山知恩教院大谷寺」といいます。
数多くの伽藍が建ち並ぶ広大な境内に2020年春、9年間にわたる大規模修復を終えた国宝の「御影堂」が落慶、話題を呼んでいます。
他にも日本最大級の木造門といわれ、同じく国宝の「三門」など「知恩院」の見どころについて徹底紹介します。
知恩院「御影堂」が2020年4月に落慶、9年間の大規模修復が終る
知恩院の「御影堂」は堂内に法然上人の御影が祀られていることからその名が付きました。
国宝「御影堂」平成大修理
1639年(寛永16)に徳川三代将軍の家光公によって再建、間口45m、奥行き35m、高さ28mという大規模な木造建築のお堂です。
2011年(平成23)に「法然上人800年大遠忌」記念事業として始まった国宝御影堂平成大修理が終わり、コロナ禍のなか、2020年4月に落慶しました。
御影堂の大規模修復は歴史上、4回行われてきたのですが、今回の平成大修理は約100年ぶりの大規模修復となりました。
屋根瓦も全面葺き替えをし、色褪せていた巨大な「明照」の額縁も極彩色の鮮やかさを取り戻し、「御影堂」の勇壮な姿が復活しました。
知恩院七不思議のひとつ「御影堂」にある「忘れ傘」
方丈庭園に行くにはこの御影堂で靴を脱いでから集会堂を経て大方丈へと向かう必要があります。
御影堂を参拝した後に正面東側の軒裏に行くと“忘れ傘はこの上”と書かれた小さな看板があります。
上を見上げてみると骨組みだけになった一本の傘が置いてあるのが見ることできます。※写真だとやや分かり辛いですが…。
この「忘れ傘」は知恩院七不思議のひとつに挙げられます。
名工・左甚五郎が御影堂建立の際に魔除けの為に置いた、という説と御影堂建立の際に住処を失った白狐が新しい住処を作ってもらったことに感謝し傘を置いた、という説があります。
白狐は傘を置くことで知恩院を守ることを約束したそうです。
「忘れ傘」は老朽化が激しく、大規模修復においても移動させずそのまま修復作業が行われたとのことです。
知恩院の「三門」は日本最大級の木造門
知恩院のシンボル的存在でもある「三門」は日本最大級の木造門として知られ、国宝に指定されています。
1621年(元和7)に徳川第二代将軍秀忠公の命によって建立され、高さ24m、幅50mもある本当に大きな「三門」です。
「三門」には仏教にける3つの解脱の境地とされる「空」「無想」「無願」の意味が込められており、三解脱門を現わしているのです。
楼上にはあがることができますが、通常非公開になっており、特別公開時のみ拝観することができます。
楼上内には仏堂があり、宝冠釈迦牟尼仏像(重要文化財)と脇壇には十六羅漢像(重要文化財)が安置されています。
近年、話題になっているのが「ミッドナイト念仏in御忌」という毎年4月に行われる法然上人の忌日法要「御忌大会」期間に行われるイベントが若者にも人気があります。
夜通し行われるイベントなのですが、出入り自由というのが現代の若者に受けているのと、自由に入退出できるのでちょっと体験するのにいいのかもしれませんね。
三門の向こうには長くて急な石段が見えますが、こちらは「男坂」と呼ばれているのに対して正面石段の右側には緩やかな石段があり、こちらは「女坂」と呼ばれています。
知恩院の境内見どころを徹底紹介
知恩院は国宝の「三門」と「御影堂」が有名ですが、他にも境内には見どころがあります。
詳しく見ていきましょう。
阿弥陀堂
「阿弥陀堂」は知恩院の本堂にあたる堂舎であり、堂内には御本尊の阿弥陀如来坐像が安置されています。
現在の場所に移築されたのが1710年(宝永7)で元々勢至堂の前にあったと云われ、1910年(明治43)に再建されました。
堂内では「木魚念仏体験」が毎日行われており、事前申し込み不要で9時30分~15時30分までの時間で随時開催されているのであなたも体験してみては如何でしょうか?
体験の後はお坊様よりありがたい法話も拝聴できますよ。
方丈庭園と大方丈、小方丈
「方丈庭園」は京都市指定名勝で庭園沿いに「大方丈」「小方丈」「権現堂」が続いて建っています。
「方丈庭園」は江戸時代初期に小堀遠州にゆかりのある僧玉淵によって作庭された池泉式回遊庭園となっています。
庭園内には「三代将軍家光公御手植の松」や知恩院所有の国宝「阿弥陀如来二十五菩薩来迎図」をもとにした「二十五菩薩の庭」があります。
「大方丈」「小方丈」はともに1641年の建立であり、内部は通常非公開となっています。
「大方丈」は徳川将軍がおでましになった時に造られたもので書院造りの形式を備え、鶴の間を中心に10の間からなり、内部はあの狩野派による襖絵となっています。
「小方丈」は6の間からなり、内部には水墨画が描かれており、「大方丈」とは対照的な印象受けます。
権現堂
「権現堂」は正式名称を「権現様影堂」といい、方丈庭園のいちばん奥にあり、徳川家康公の位牌と肖像画、徳川歴代将軍の位牌をお祀りしています。
度重なる火災によって焼失し、現在の建物は1974年(昭和49)に浄土開宗800年を記念して再建されたもので、比較的新しい建造物となっています。
山亭庭園
「山亭庭園」は京都の街が一望できる美しい庭園です。
江戸末期から明治期に大改修され、江戸末期の様式が色濃く残り、山亭北側から西側に廻る、北西角に三尊石を配する形式となっています。
霊元天皇の第十皇女浄林院宮吉子内親王の宮殿を客殿として1759年(宝暦9)に現在地に移築されたものです。
濡髪大明神・千姫のお墓
「濡髪大明神」は「山亭庭園」を抜けた先にある霊園墓地のいちばん北側にあります。
知恩院七不思議のひとつ“忘れ傘”の話に出てくる御影堂の完成によって住処を追われた白狐が代わりに用意して貰ったというのが「濡髪大明神」です。
「濡髪」の由来は白狐が童子に化けていたときに髪が濡れていたことによります。
火災除けの神様としてお祀りされてきましたが、「濡髪」は艶やかな女性の姿をイメージさせることから祇園町の女性から信仰を集めることに。
現在は縁結びの神様として「濡髪さん」の名で親しまれています。
「濡髪大明神」の前にある大きなお墓が徳川第二代将軍秀忠の長女「千姫のお墓」です。
勢至堂(重要文化財)
「勢至堂」は知恩院発祥の地であり、堂内正面の額縁「知恩院教」は後奈良天皇の宸翰であり、「知恩院」の名の起源でもあります。
ここは法然上人がお念仏のみ教えを広められた大谷禅房の故地として有名です。
御本尊は法然上人の御影でしたが、御影堂建立とともに移されたため、以降は法然上人の本地身である勢至菩薩像を御本尊としてお祀りし「勢至堂」の名の由来となっています。
七間四面単層入母屋造本瓦葺となっており、知恩院境内における最古の建物で1530年(享禄3)に再建されたものです。
御廟
法然上人の遺骨を泰安する廟堂で周囲には唐門のある玉垣がめぐらされています。
京都市街地を望む高台に建ち、今でも京の街を見守って下さってるような気がする立地です。
現在の「御廟」は1613年(慶長18)に常陸国土浦藩主であった松平伊豆守信一の寄進によるものです。
「御廟」の手前には法然上人にお参りするための拝殿があり、そこから参拝することになります。
経蔵(重要文化財)
「経蔵」は御影堂の東側に位置するお堂で国の重要文化財に指定されています。
江戸時代初期1621年(元和7)頃に徳川第二代将軍秀忠公によって三門とともに建てられました。
大鐘楼(重要文化財)
知恩院の「大鐘楼」は大晦日の除夜の鐘でも有名で、親綱1名、小綱16名の合計17名で撞くおおがかりな大鐘です。
釣鐘の高さは3.3m、直径は2.8m、重さが約70トンあるまさに“大鐘楼”で京都の方広寺、奈良東大寺と並ぶ大鐘として知られています。
境内の宝佛殿背後の通路から「大鐘楼」へと行くことができます。
友禅苑
「友禅苑」は京都の伝統工芸「友禅染」の始祖である宮崎友禅生誕300年を記念し1954年(昭和29)に改修造園された昭和の名園です。
苑内には裏千家ゆかりの茶室「華麓庵」と知恩院第86世である中村康隆猊下の白寿を記念して移築された茶室「白寿庵」があります。
池泉庭園の補陀落中央に立つ知恩院第76世立誉行成上人の記念塔としての観音菩薩像。
また「鹿野苑」と呼ばれ、釈尊が鹿の楽園として保護、施鹿林と称したことに由来する枯山水庭園が見どころとなっています。
知恩院へのアクセスと駐車場について
■華頂山知恩教院大谷寺(知恩院)
TEL:075-531-2111
〒605-8686 京都府京都市東山区林下町400
拝観料金 ※境内無料
方丈庭園 大人400円 小人200円
友禅苑 大人300円 小人150円
※方丈庭園と友禅苑の共通券は大人500円小人250円
※障害者手帳をお持ちの方は無料で拝観できます。
拝観時間 9:00~16:00
アクセス 京都繁華街・河原町から歩いて15分程度
・市バス/京都駅から206系統「知恩院前」下車、徒歩5分
・地下鉄東西線「東山駅」下車、徒歩7分
・京阪京都線「祇園四条駅」下車、徒歩12分
駐車場 総本山知恩院新門南駐車場を利用。有料15分200~300円、最大料金1,200円。
まとめ
知恩院は「方丈庭園」と「友禅苑」を拝観する以外は、境内は自由に参拝できます。
観光としての参拝者同様、檀家さんによる参拝、霊園墓地を訪れる参拝者も多い寺院です。
個人的に気にってるのが「山亭庭園」の山亭にある写経場ですかね。
ここなら一日、天気のいい日に京都の街並みを眺めながら、様々な考察ができそうです。
京都東山から自分が住んでいる京都西山連山を眺めるというのが何とも言えない情緒に満ちた瞬間のように最近は感じます。
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