京都在住のブロガーKyotaroです。
長引く梅雨の雨が4連休も続いてますが、ようやくうっとおしい梅雨も明けそうです。
世間では連日のように“新型コロナ感染者”の日あたり感染者数の記録更新という嫌なニュースが続いてます。
“新型コロナ感染者”が増え続ける中でスタートした「Go To トラベルキャンペーン」も物議を呼んでいますね。
今年は“コロナ退散”を祈願するため8月に人生初の“京の六地蔵めぐり”に挑戦しようと思います。
“京の六地蔵めぐり”でお幡を集めて厄病退散祈願
「京の六地蔵めぐり」とは毎年8月22・23日に京都への入り口となる6ケ所の旧街道口に安置される地蔵尊を巡拝することで家内安全、無病息災、福徳招来を祈願する伝統行事。
京都では夏のお盆明けの時期に行われる行事として800年以上の歴史があります。
六地蔵めぐりの各寺院で授与された六種類の“お幡(おはた)”を自宅の玄関に吊るすことで厄病退散、福徳招来のご利益がある、と云われています。
各地蔵尊の地蔵堂にて「南無六地蔵延命大菩薩」と唱えてお参りをし、家内安全、無病息災、そして今年は厄病退散を祈願します。
またご先祖の戒名などを記入してもらえる塔婆の授与を受けて地蔵堂周辺に設けられた水塔婆供養所に置いて、水を含ませた樒で塔婆を清める水回向を各寺300円で行うことができます。
水回向は最初に訪れた寺院のみで行ったり、最近では行わない参拝者も結構いらっしゃいます。
お参りの最後に“お幡(=300円)”の授与を受けます。
そう、“京の六地蔵めぐり”は御朱印めぐりではなく、“お幡”を集めて家内安全、無病息災を祈願する行事なんですね。
Kyotaroの2020年願い事の主は“コロナ退散”を祈願して、平常の生活が一日も早く取り戻せる事をお祈りします。
“京の六地蔵めぐり”の由来について
「京の六地蔵めぐり」の各寺院に分祀されている六体の地蔵尊の由来とはどのようなものなのでしょうか?
六体の地蔵を作ったのは平安時代初期の官僚で頭脳明晰であった「小野篁」と云われています。
六地蔵の生みの親・小野篁とは?
「小野篁」は頭脳明晰ゆえ、主君とよく衝突して島流しにあったりと平安初期の異端児的な存在だったようです。
「小野篁」にまつわる伝説に“あの世とこの世を行き来できた”というものがあり、日中は宮中の官僚として働き、夜になると冥界の閻魔大王のもとで副業をしていた?という伝説が残っています。
あの閻魔大王も「小野篁」の頭脳明晰で優秀な一面に惚れ込んだといいます。
「小野篁」が冥界に行く際に使っていた井戸が今でも京都の「六道珍皇寺」に遺されています。
小野篁が作った六体の地蔵
“京の六地蔵めぐり”で分祀されている六体の地蔵が生まれたのは、平安時代初期に小野篁卿が息絶えて冥土に行き、生身の地蔵菩薩を拝むことによって甦ったことに由来します。
小野篁は木幡山(現在の京都府宇治市)にあった桜の大木、一木から六体の地蔵を彫って作り上げ、京都伏見の大善寺に祀ったと言い伝えが残っています。
その後、後白河天皇の勅命を受け、平清盛公が1156~1159年頃(保元年間)に西光法師に命じ、当時、京都で流行していた疫病退散、福徳招来を願って都に入る邪気を追い払うために主要街道入口に地蔵堂を建て祀ったことが始まりとされています。
京の六地蔵めぐりは800年の歴史を誇る行事
小野篁の伝説、そして後白河天皇のご意思から京都6ケ所の街道入口へ六体の地蔵を分祀して以来、六地蔵めぐりによって家内安全、無病息災を祈願する風習が生まれたのです。
現在の「京の六地蔵めぐり」は約800年以上の歴史を誇る“京の夏の風物詩”として伝統行事となっているのです。
“京の六地蔵めぐり”京都6ケ所の地蔵尊とは?
「京の六地蔵めぐり」にはそれぞれ1~6番まで札所がありますが、巡拝する順序に特に決まりなどはなく、京都の人々は自宅の近所から回る人も多いです。
かつては徒歩で2日かけて巡拝をしていたとのことですが、現在は地下鉄、バスを乗り継げば一日で巡拝することも充分可能です。
難点は参拝者専用駐車場がない寺院がほとんどなので、自家用車での参拝はおすすめ出来ません。ちゃんとした駐車場があるのは鳥羽地蔵くらいですかね。
1番札所:伏見六地蔵・大善寺
正式名称は「法雲山浄妙院(ほううんざんじょうみょういん)」、浄土宗の寺院で通称“六地蔵”の名で知られます。
創建は奈良時代以前の705年(慶雲2)に藤原鎌足の子である定慧(じょうえ)上人によると云われています。
創建当初は小野篁が一木から作り上げた六体の地蔵が安置されていたことでも有名。
2番札所:鳥羽地蔵・浄禅寺
正式名称を「恵光山浄禅寺」といい、浄土宗西山禅林寺派・総本山永観堂の末寺としても有名な寺院で1182年(寿永元)に文覚上人によって創建。
境内には“袈裟御前”の首塚と呼ばれる五輪石塔があることから「恋塚浄禅寺」とも呼ばれており、悲恋の舞台としても有名。
3番札所:桂地蔵・地蔵寺
正式名称を「久遠山地蔵時」といい、京都桂川の西方、旧山陰街道沿いに位置する。諸堂は近年再建されたので六地蔵尊のなかで最大の地蔵堂となっている。
地元では“桂地蔵”として親しまれ、一木最下部を刻まれた地蔵は他の五体に比べて大きいのが特徴で“姉井菩薩”とも呼ばれています。
4番札所:常盤地蔵・源光寺
正式名称は「常盤山地蔵寺」、臨済宗天龍寺派の尼寺で御本尊は観音菩薩を祀り、境内には常盤御前のお墓もあります。
創建の時代や変遷についての詳細は不明の寺院ですが、平安時代末期1138年前後に義経の母にあたる常盤御前によって結ばれた浄土宗の庵、常盤院が起源とされます。
5番札所:鞍馬口地蔵・上善寺
正式名称を「千松山遍照院上善寺」といい、浄土宗知恩院派の寺院で御本尊は阿弥陀仏坐像、京の六地蔵めぐり第5番札所にあたります。
古来より安産祈願、腹帯祈願、水子供養の信仰を集めることで知られ、当時は京都洛北の「深泥池畔」に分祀されたことから「深泥池地蔵」という名でも知られています。
6番札所:山科地蔵・徳林庵
地元では“目の神さん”“ひとやすさん”“さねやすさん”の呼び名で親しまれ、正式名称は「柳谷山徳林庵」で臨済宗南禅寺派の寺院で御本尊は「聖観世音菩薩」を祀ります。
創建は室町時代の天文年間(1532~1555年)と云われ、南禅寺の雲英正怡禅師によって人見親王を弔うため開創。
まとめ
毎年8月22・23日に開催される京都の伝統行事“京の六地蔵めぐり”の紹介でした。
800年以上も続く“京の夏の風物詩”として今でも地元に根付いてるのは、京都ならではの地蔵文化によるものかもしれません。
京都では古来より「親が拝めば、子も拝む 拝む姿の美しさ」という言い伝えがあります。
Kyotaroも子供の頃、父親から「お地蔵さんは子供の守り神、悪いことをしても子供のうちは許して下さる」と教えられた記憶があり、お地蔵さんは町内の守り神でもあります。
町内会ごとに催される“地蔵盆”という京都ならではの行事も子供にとっては夏休み最後(8月下旬)の楽しみのひとつでしたからね。
コメント