妙満寺「雪の庭」令和の改修工事第1期が完了、境内の見どころを紹介

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京都在住のブロガーKyotaroです。

日本の美意識として根付いている「雪月花」は中国の白居易の漢詩由来の語句であり、白居易は日本文学に大きな影響を与えました。

そんな日本人の愛する自然美を体現した「雪月花の三庭苑」が京都にあります。

今回はそのうちの「雪の庭」がある妙満寺の紹介です。

詳しく見ていきましょう。


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妙満寺「雪の庭」が令和の改修工事を終えてお目見え

古来より京都に存在していた「雪月花の三庭苑」は江戸初期に活躍した俳諧師・松永貞徳によって作庭され、京都の誇る日本文化の粋として根付く、名庭としてその名を馳せてきました。

今回訪ねたのはそのうちのひとつ「雪の庭」がある顕本法華宗総本山妙満寺です。

令和4年に北野天満宮の「花の庭」が令和の再興を果たし、妙満寺の「雪の庭」が第1期となる令和の改修工事を終えてお目見えしました。

早速、詳しく見ていきましょう。

「雪月花の三庭苑」のひとつ「雪の庭」の由来

妙満寺にある「雪の庭」は江戸初期に活躍した俳諧師の松永貞徳によって造営されたと云われています。

1389年(慶応元)に日什大正師による開創当時は六条坊門室町(現・烏丸五条)に根本道場として妙塔山妙満寺が建立されました。

のちに応仁の乱を始め、度重なる戦火に遭い、その度に寺域を興隆してきましたが、1583年(天正11)に豊臣秀吉によって寺町二条に移された後は約400年にわたり「寺町二条の妙満寺」という愛称で親しまれてきました。

1968年(昭和43)に挙行された「昭和の大遷堂」の際に寺町二条にあった石組をそのまま当時の成就院より本坊庭園として再興された枯山水庭園こそが「雪の庭」です。

本坊から眺める庭園は“額縁庭園”としても楽しむことができ、雪見彰子の間から楽しむことができる、まさに「雪の庭」です。

枯池と苔の組み合わせが「雪の庭」最大の特徴であり、大きな松の木の背後には比叡山を借景にしたロケーションがとても美しい景観を創り出しています。

岩倉移転後初の大改修

「昭和の大遷堂」から50年以上が経過した現在、庭園の大きくなりすぎた植木や実生の樹木をはじめ、後から手を加えた石造物が増え、空間がどんどん狭くなっていきました。

近年は大型台風や集中豪雨などの影響で庭園が水没してしまうなど、課題が山積していったことから2022年(令和4)1~3月にかけ「令和の改修工事」が行われました。

2022年(令和4)1~3月の改修は第1期の工事であり、今後も手を加えていく計画があります。


「令和の改修工事」完成記念として2022年3月18日~5月8日まで「雪の庭」特別拝観が行われています。

令和再興「雪月花の三庭苑」について

江戸時代に寺町二条の妙満寺、京都東山の清水寺、そして北野松原にあった北野天満宮はそれぞれに成就院という塔頭寺院を有していました。

妙満寺は雪景色を借景にした「雪の庭」を、清水寺は月見で有名な「月の庭」を、そして北野松原の北野天満宮には梅の花観賞の「花の庭」をそれぞれ有しており、京都洛中の「雪月花の三庭苑」としてその名を馳せました。

<北野天満宮「花の庭」>

「雪月花の三庭苑」は日本人の愛した自然美を見事体現しており、中国の白居易の漢詩「寄殷協律」の一節に由来します。

<北野天満宮「梅苑」>

のちに北野天満宮成就坊が廃寺となってしまい「花の庭」が長らく失われた状態でしたが、令和4年に北野天満宮「花の庭」が復興したことで久しぶりに三つの庭園が揃うこととなりました。

まさに“令和再興”の三庭苑ということで京都の新しい魅力のひとつとして注目されています。

妙満寺の境内見どころについて

続いて妙満寺の境内見どころについて紹介します。

妙満寺の見どころは「雪の庭」だけでなく、仏舎利大塔や本堂、大書院(外観のみ)のほか、紀州和歌山の道成寺由来の霊鐘など他にも見どころがたくさんあります。

仏舎利大塔

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1973年(昭和48)に檀信徒の寄進によって建立された塔で内部は納骨堂になっていて1階には釈迦如来坐像が祀られています。

妙満寺の山門を潜ると左前方に見える大きな仏舎利塔で最上階には妙満寺に古くから伝わる仏舎利を祀り、1階には日蓮聖人の顕された御本尊のほかに久遠本仏釈迦牟尼仏を祀る。

宗祖日蓮聖人の教えをそのまま説いた法華経は久遠本仏釈迦牟尼仏の実在を信じる、妙満寺の信仰を象徴するものとしてインド・ブッダガヤ大塔を模して建立されました。

ブッダガヤ大塔といえば“お釈迦さまが悟りを開かれた地に建つ”高さ52mもある大塔で全世界の仏教徒にとって最高の聖地であり、ユネスコの世界文化遺産にも登録されてます。

参拝方法は1階の御本尊、釈迦牟尼仏を参拝したあとに時計回りで三周(右繞三匝/うにょうさんそう)します。

仏舎利大塔の南側には仏足石があり、西側にはあのトヨタ自動車の豊田章一郎氏、豊田章男氏による植樹記念碑があります。

本堂

妙満寺の本堂は山門の正面に経つ大きなお堂です。

本坊から渡り廊下で繋がっており、本堂前からは霊峰・比叡山を正面に眺めることができます。

ご本尊に三宝尊を祀り、顕本法経宗総本山の中心となる堂宇で2022年3月17日には雪の庭の改修工事が終了したことをうけ、雪月花三庭苑の奉告式が本堂にて執り行われました。

特に平日は比較的参拝客も少ない寺院なので心静かに参拝でき、本堂前からは比叡山の“絶景”を独り占めすることができます。

大書院

「雪の庭」の北側に位置し、2本の枝垂れ桜が門構えのように建っており、枝垂れ桜とのコントラストが美しい境内の桜名所にもなっています。

通常非公開の堂宇となっていますが、お寺YOGAなど定期的なイベントが開催されています。

安珍・清姫の鐘(展示室)

本坊で「雪の庭」を堪能した後、廊下を順路に沿って進んだ先、いちばん奥にあるのが展示室で「安珍・清姫の鐘」が展示されています。

安珍・清姫とは紀伊国(現在の和歌山県)にある道成寺にゆかりのある伝説として語り継がれる悲恋物語の主人公として描かれたふたりの人物です。

奥州白河の僧・安珍は紀伊国牟婁郡を訪れる道中に泊まった宿の娘・清姫に一目惚れされ、求愛されるが僧の身であるため困惑し、帰りに再び清姫に会いに立ち寄るという口約束だけをしてそのまま去ってしまいます。

待てど暮らせど安珍がやって来ないため、清姫は欺かれたことに気付き、日高川渡る安珍を追いかける際に憎悪の塊となり、蛇体となってついに道成寺に逃げ込んだ安珍を追い詰めます。

梵鐘に身を隠した安珍を清姫は許すことなく、鐘に巻き付き口から吐く炎でついに安珍を焼き殺してしまいます。

安珍を殺害したあと、清姫も入水自殺したという悲恋物語の主人公ふたりは後に道成寺の住持のもとに現れ供養を願い出て、住持の唱える法華経の功徳により成仏したと言い伝えられています。

妙満寺の展示室には、そんな「道成寺縁起」の書物などが展示されています。

妙満寺へのアクセスと駐車場について

●顕本法華宗総本山妙満寺
TEL:075-791-7171
〒606-0015 京都府京都市左京区岩倉幡枝町91
■拝観料金 大人500円 小人350円
■拝観時間 9:00~17:00 ※本坊は16時まで
■アクセス
・叡山電鉄「木野駅」下車、徒歩5分
・市営地下鉄烏丸線「国際会館駅」下車、徒歩20分、バスなら5分
・京都バス40・50系統「幡枝」下車、徒歩すぐ
・京都バス46系統「幡枝」下車、徒歩3分
■駐車場  参拝者専用(無料)駐車場完備


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まとめ

今回は「雪月花の三庭苑」のひとつ「雪の庭」がある妙満寺の紹介でした。

比叡山を借景にした美しく、静寂に包まれた枯山水庭園で“額縁庭園”として楽しむこともできます。

境内には仏舎利大塔があったり、あのトヨタ自動車・豊田章男社長の植樹記念碑があったりと個性豊かな独特の景観が広がります。

また、展示室には和歌山県にある道成寺の「安珍・清姫伝説」にまつわる梵鐘が展示されており、法華経の歴史が興味深く紹介されています。

京都の郊外、中心部から離れた場所にあるため、とても静かな寺院ですが、交通の便が非常に悪いので自家用車で行く(※参拝者専用無料駐車場完備)ことをおすすめします。

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この記事を書いた人
Kyotaro

京都在住、念願の京都に1戸建て住宅を新築購入した既婚の50歳、フツーの会社員。子供は3人で男ー女ー男の“二太郎+一姫”。将来は奥さんと京都でお洒落なカフェを営むことができればいいな、とささやかな夢を持っています。どうぞよろしくお願いします。

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