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京都在住のブロガーKyotaroです。
今回は嵐山から歩いて15分ほどの嵯峨釈迦堂こと清凉寺の紹介です。
地元では嵯峨釈迦堂という名で親しまれおり、大きな仁王門は圧巻のひと言。
境内は源氏物語ゆかりの地にもなっており、見どころと併せて紹介します。
詳しく見ていきましょう。
清凉寺は源氏物語ゆかりの地、光源氏の別荘跡・棲霞観
清凉寺の仁王門から斜めに走る参道の正面に建つ大きな建物が本堂でその名の通り、御本尊に釈迦如来立像がお祀りされています。
その本堂の東側に建つ阿弥陀堂があり、光源氏の別荘・棲霞観跡と云われています。
光源氏とは嵯峨天皇の皇子で皇族賜姓の源融のことで九世紀後半に嵯峨に営んだという山荘(別荘)を「棲霞観(せいかかん)」と呼びます。
清凉寺発足の地となった棲霞寺の釈迦堂
源融は晩年に写経や造仏を盛んに行っていたと云われ、業なかばで亡くなってしまうのですが、その子供たちによって建てられたのが「棲霞寺」です。
987年(永延元)に奝然(ちょうねん)は宋より請来した釈迦如来像などを棲霞寺に安置し、宋の五台山清凉寺に倣った寺院の建立を目指します。
しかしながらその思いは果たせないまま、弟子たちによって「棲霞寺」の一郭に釈迦堂として発足したのが清凉寺(嵯峨釈迦堂)の始まりとされています。
かつて「棲霞寺」にあったという国宝の阿弥陀三尊像は現在、清凉寺の霊宝館に安置されていますが、源融公が自分の顔と同じに彫らせたと云われています。
光源氏のモデルが源融とされる理由
清凉寺は「源氏物語」ゆかりの地として紹介していますが、光源氏別荘跡の紹介が境内の阿弥陀堂でされいます。
「源氏物語」の「松風」には光源氏が造営した「嵯峨の御堂」が描かれており、大覚寺の南に所在していたとの記録があるのですが、実はこの場所こそが「棲霞観」の場所と一致するのです。
これこそが河原院が六条院モデルであるとともに源融が光源氏のモデルとされる大きなゆえんなのです。
阿弥陀堂周辺には2月になると紅白の梅の花が咲き誇り、まさに光源氏の華やかな別荘を想起させてくれます。
阿弥陀堂は内部まで入って拝観することができますのでぜひお参りしましょう。
境内にある多宝塔の背後には源融公のお墓があります。
清凉寺(嵯峨釈迦堂)の境内見どころを紹介
清凉寺の境内は仁王門から境内に入ると基本的に自由に拝観ができますが、本堂内部とそこから渡り廊下で続く方丈、方丈前庭園は拝観料400円(大人)が必要となります。
また境内の東側、駐車場近くにある一切経蔵は法輪を一回転させるのに100円が必要です。
それ以外は広い境内を自由に拝観することができます。
仁王門
建築年代は不詳、1776年(安永6)に再建された。
和様と禅宗様をかけあわせた折衷の建物で初層には室町時代の作と云われる阿吽の仁王像、上層には十六羅漢がお祀りされています。
欅造りの二階二重門でとても重厚で付近にその圧巻の存在感を示しています。
人力車のお兄さん曰く、東京お台場にあるガンダムの背丈と同じくらいの大きさって説明をされてました。
なるほど…。
本堂
945年(天慶8)に重明親王妃が「棲霞寺」寺域に新堂を建立、藤原氏に寄進した際に等身大の釈迦像が安置されたことから「釈迦堂」の名が付いたと云われています。
現在の建物は1701年(元禄14)に再建されたもので単層入母屋造本瓦葺で豪華な桃山建築の名残があります。
御本尊は国宝の釈迦如来立像をお祀りしています。
本堂内部を拝観するには拝観料400円(大人)が必要です。
大方丈(庫裏)
本堂裏手の扉から渡り廊下を通り抜けた先にあるのが大方丈です。
こちらも拝観料400円(大人)を支払うことで拝観することができます。
現在の建物は1716~1735年の間に再建されたもので襖絵の一部は狩野探幽の筆と云われます。
方丈前庭園は小堀遠州作の枯山水庭園となっています。
弁天堂と忠霊塔
本堂から大方丈へと続く渡り廊下の途中に見えるお堂が弁天堂、その西隣に建つ塔が忠霊塔です。
弁天堂は正面に軒唐破風を付け、屋根は宝形造であり、全体的に装飾彫刻が多い建造物となっています。
両脇の間の腰羽目に「松に親子獅子」、扉には「梅鉢」と「牡丹唐草」の彫刻が施されています。
狂言堂
境内の最西端、奥まった場所にある建物が狂言堂です。
毎年4月の大念佛会に国指定無形民俗文化財「嵯峨大念佛狂言」が演じられる場所としても有名です。
「嵯峨大念佛狂言」とは円覚上人が庶民に教義を説くために作ったという狂言のことです。
秀頼公の首塚
1980年(昭和55)に大阪城三の丸跡地の発掘現場から出土した豊臣秀頼公の首を1983年(昭和58)に秀頼公再興の由緒がある清凉寺におさめられたもの。
首には介錯の跡があると云われており、他にも境内墓地には大坂夏冬の陣で活躍した名将 渡辺一族のお墓もあります。
鐘楼
江戸時代のものとされる鐘楼は石垣の上に組まれた4本柱の造りとなっています。
梵鐘には1484年(文明16)11月吉日の日付と寄進者の中に足利義政公の名も刻まれています。
嵯峨十景のひとつ五台の晨鐘とは清凉寺の鐘のことなのです。
多宝塔
1700年(元禄13)江戸護国寺での出開帳の際に江戸の老若貴賎の寄進で1703年(元禄16)に廻漕建立したもの。
背後にある宝篋印石塔は源融公の墓です。
2月には梅、4月には桜のコントラストが美しい景観を創りあげます。
一切経蔵
徳川中期の建築様式と云われ、傳大士と笑仏をお祀りしています。
輪蔵には5408巻もの明板一切経が収められており、この法輪を一回転すれば一切経と同じ功徳が得られるとのことで100円を奉納してKyotaroもチャレンジしました。
巨大な輪蔵は結構重たいのですが、何とか一周回すことができました。
愛宕権現社
慶俊僧都が鷹峯から愛宕山上に愛宕権現を移す際にここに祀ったという故地で1716年(正徳5)に大修理され、今日に至ります。
愛宕権現の本地将軍地蔵、竜樹、富婁那、毘沙門天の四座をお祀りしています。
仁王門を入ってすぐ右手に鎮座。
法然上人像
仁王門を入ってすぐ左手に建つ像。
多宝塔の近くに立っているのですぐわかります。
清凉寺へのアクセスと駐車場について
●五台山清凉寺
TEL:075-861-0343
〒616-8447 京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
■拝観料金 大人400円 高校中学生300円 小人200円
※宝物収蔵の霊宝館との共通券は700円
■拝観時間 9:00~16:00
■アクセス 嵯峨釈迦堂バス停前
・京都駅より市バス28系統、嵐山大覚寺行き「嵯峨釈迦堂前」下車、すぐ
・京都駅より京都バス大覚寺行き、清滝行き「嵯峨釈迦堂前」下車、すぐ
・JR嵯峨野線「嵯峨嵐山駅」下車、徒歩約12分
・京福電鉄「嵐山駅」下車、徒歩約14分
・阪急電鉄「嵐山駅」下車、徒歩約22分
■駐車場 あり、有料一日800円
まとめ
今回は京都嵐山から歩いて行ける嵯峨釈迦堂こと「清凉寺」を源氏物語ゆかりの地という視点から紹介させて頂きました。
源氏物語の主人公・光源氏のモデルになった源融公の山荘跡、お墓があり、2024年はぜひ訪ねたい場所のひとつですね。
2月になると境内では紅白の梅の花が可憐に咲き誇り、訪れた人の心を和ませてくれます。
周辺には大覚寺、宝筐院、二尊院や祇王寺など嵯峨野めぐりも楽しめる好立地となっています。
同じく源氏物語の舞台になった野宮神社からも歩いて7,8分の距離にあるので光源氏の足跡をたどってみるのもおもしろいですね。
Kyotaroは帰りに清凉寺境内に2023年7月にOPENしたというカフェ「ヴァガバァーン嵐山」で休憩、ほうじ茶と餡バター最中を頂いてきました。
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